FC2ブログ

仏教の五欲

【パキスタン、妹を自らの名誉のために殺害した男性への判決】
 SNSなどに自分の写真をアップし、人気を得ていたパキスタン人の女性を「自分や家族の名誉のため」に殺害した、彼女の兄に終身刑の判決が出ました。
↓がニュースリンク
https://www.afpbb.com/articles/-/3246869?fbclid=IwAR3XigdnvXZSlGE6pM8iBJ4qkXXOkyWO_O1Rpcmk421RTGBGmKLcFPEPeG4
彼女を殺害した男性は「後悔はしていない、自分の行いは当然で、彼女の行動は許容できなかった。」と言っているそうです。
 仏教には人間が戒めるべきとされる煩悩「五欲」があります。
1.食欲(しょくよく)
2.財欲(ざいよく)
3.色欲(しきよく)
4.名誉欲(めいよよく)
5.睡眠欲(すいみんよく)
食欲、財欲(物欲)、色欲(性欲)、睡眠欲、などは人間の生理的な欲求に直接に結びついているものなので、分かりやすく、その分、自戒もしやすいと思います
しかし、名誉欲を「浅ましい単なる欲望」と自覚、意識し、それを戒めていくことはとても難しい。。。。
この欲には「正義」や「向上心」あるいは「世間体」など、正当性のある意識の仮面をつけやすいからです。
「名誉の為に妹を殺した」と堂々と言い放った、この男性は、おそらく、自分のことを誇り高い正義感であると思いこんでいるのだろうなぁ。と思います。。。。
この殺人を「周囲に支持されたい!褒められたい!優越感をもちたい!」と言う、自分の欲から発した行動なんて思っていない。
 こうしたニュースを読むたび、そして私の身の回りに起きる不条理で不愉快な出来事の原因を考えるたびに「名誉欲」って本当に厄介だよな。。。としみじみと感じます。

グレタ・トゥーンベリさんのニューヨークの国連本部でのスピーチ。


地球温暖化対策を訴え、ノーベル平和賞にもノミネートされたグレタ・トゥーンベリさんのニューヨークの国連本部でスピーチをしました。



【あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。
恥ずかしくないんでしょうか!私たちは大量絶滅の始まりにいます。】

世界各国の首脳に向かって「あなたたちは恥ずかしくないのか?」といえるのは、この16歳の少女だけかもしれません。
この問題について、彼女は日本の環境相よりもはるかに勉強をしていて、科学的知見に基づく正確な情報を得ています。その上でとても現実的な対策を国や周囲の人々に求め、また自らも実行をしています(彼女はヴィーガン)。

彼女がスピーチで訴えるように、地球温暖化の問題は非常に深刻で、もうまった無しの状態なのです。

温暖化の原因は二酸化炭素(CO2)の排出、畜産の排出するメタンガス、森林などの伐採・・・などと色々な要因がありますが、人間活動の影響で温暖化が起きているということは、殆どの科学者の間でコンセンサンスが得られています。
早ければ2030年、世界の気温が産業革命前の水準より1.5℃高くなると試算するIPCC報告書が公表されました。
そして、2100年までに気温が少なくとも3℃上昇し、アラスカなどの永久凍土が広範囲で溶け、その悪連鎖で地球温暖化が制御不能なレベルになってしまう恐れがあるとも。
(永久凍土が溶けることによって、その中に閉じ込められていた炭素がとけだし、大気中の温室効果ガスが増える。)

2030年はともかく、2100年は私は生きていないから関係ない。そんな考え方もできるでしょう。
「自分さえよければいい、今さえよければいい。子供たちの未来なぞ関係はない。」
そんな倫理感の欠如や、子孫に対する愛を欠いた、私たちのエゴイステックな態度に「それで恥ずかしくないのでしょうか?」
グレタ・トゥーンベリさんは言っている気がします。

うさぎだと思う…。

今朝、ネットでこんなニュースを読みました。
元オウム真理教の平田容疑者が昨年大晦日に出頭した理由について…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一方、出頭の動機について平田容疑者は、国松孝次元警察庁長官銃撃事件の時効成立(2010年3月)と、昨年の東日本大震災を挙げ、出頭が昨年の大みそかになった理由を「飼っていたウサギの最期をみとるためだった」としている。

 ウサギは昨年8月に死んだといい、斎藤容疑者が任意提出した写真の中には、平田容疑者がウサギと一緒に写った写真もあった。しかし、捜査幹部は「出頭時、年内の逮捕に異常なこだわりをみせていた。ウサギだけが理由とは思えない」と首をかしげる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うーん。うさぎが理由って、深く頷ける、私です。(笑)


と、うさぎはさておき。。。
オウムの事件が起きた時、私は他の多くの日本人と同様に、信仰というものに興味がありませんでした。
というよりも、むしろ、そういったものに否定的であったと思います。
その理由の一つに、信仰や正しさを理由に、多くの人たちが、弾圧され、殺され、搾取されてきたという、宗教の歴史の一面がありました。

私の大好きな、何回も読み返した本にウンベルト・エーコの「薔薇の名前」があります。
これは中世の北イタリアのカトリック修道院で起こる怪事件ををフランシスコ会修道士ウィリアムが解き明かしていくという物語なのですが、その本の中でウィリアムが犯人(盲目の老修道士)と対峙した後、弟子のアドソにこんなセリフを言うのです。

「哲学への憎悪に歪んだ、あの顔の中に、私は生まれて初めて反キリストの面影を見た。それは、彼の到来を預言したもの達がいうように、ユダの一族から来たものでもなければ、遠い国からやってきたものでもない。反キリストは他ならぬ畏敬の念から、神、もしくは真実への過多の愛から生まれてくるのだ。
あたかも、聖者から異端者が出たり、見者から魔性の人が出るように。
恐れた方がよいぞ、アドソよ、預言者や真実のために死のうとする者たちを。なぜなら彼らこそは、往々にして、多くの人々を自分たちの死の道連れにし、ときには自分たちよりも先に死なせ、場合によっては自分たちの身代わりにして、破滅へ至らしめるからだ。
ホルヘが悪魔の所業に及んだのは、淫らなまでにおのれの真理を溺愛して、虚偽を破壊するためには何をしてもかまわない、と考えたからだ。
ホルヘが「アリストテレースの第2部」を恐れたのは、その中で、たぶん、私たちがおのれの幻想の虜にならないようにするためには、真理と名の付く相貌を一つ一つ歪めてみせるように、真剣に説かれていたからであろう。おそらく人々を愛するものの務めは、真理を笑わせることによって、真理が笑うようにさせることであろう。
なぜなら、真理に対する不健全な情熱から私たちを自由にさせる方法を学ぶこと、それこそが唯一の真理であるから」

「ウンベルト・エーコ 薔薇の名前(東京創元社)」より

PICT0039.jpg

アグアグ。
私もうさぎが理由だと思うのよ。
うさぎはかわいいからね~っ。


ちゃ、ちゃま姫さま…それ食べちゃダメです。。。。

サクリファイス

初霜が降りました。

1

頬を刺すような、凍てついた強風(赤城おろし(;_;))も吹きはじめ、震え上がりながらも、いつもの冷たい冬の到来にホッとしています。
冬の空気は澄み、空を青く、遠景を美しく見せてくれる。

散歩の途中、町中の川に鴨の群れをみつけました。

2

一群れ?三十羽くらいでしょうか。
とても身近な川に、可愛い鴨の群れ。見つけた時はうれしかったのですが、カメラを向けている間に複雑な気持ちになってきました。
写真からも分かるように、この川は町中にある生活用水路。
水量は少なく、水はかなり汚染されています。

3


ふうっと、金子みすずさんの詩が思いうかびました。

【大漁】

朝焼け小焼けだ大漁だ
大羽いわしの大漁だ
浜は祭りのようだけど
海の中では何万の
いわしの弔いするだろう


4

ここ、何十年かの間に、日本人の生活は非常に豊かに便利になりました。近代化は、それ以前にあった、貧しさ、飢えや病気といった、生存に関る苦を、悲惨を、無くしていったように思えます。

でも、それらは、この世界から無くなった訳でなく、痛みを請け負うものを、苦の持ち回りを、違えただけ。

5

なるほど。それって、やっぱり冬は鴨鍋がうまいっ。てことよね?

‥‥‥‥いえ、ちょっとだけ、違うとかなと思います(-_ー;)。




月とうさぎ

昨夜は満月でした。
少しおぽろではあったけど、私のところからは、とても美しいお月さまがみえました。

そういえば、月の住人はうさぎ、なぜでしょう?

その訳のひとつに、釈迦の前世の物語(本生譚)があります。
これは釈迦がブッタとして生まれる前の功徳を語った物語。


あるとき、森に住む狐と猿とうさぎのところに、一人のみすぼらしい老人がやってきました。

「私は、もう年をとり、力がない、どうかおまえたち養っておくれ。」

猿は木に登り、果実や木の実をとり老人に与えました。
狐は川にいき魚をとって老人に与えました。
ところがうさぎには、食べものを捕ってくる能力がありません。
手ぶらで帰ってきたうさぎは。
「どうぞ、私を食べてください。」と言って、そこで焚かれていた火の中に飛び込んでしまいます。

それを見た老人は、たちまちに本来の姿である、帝釈天となり。
その捨身をたたえ、うさぎを火の中からよみがえらせ月にあげたというのです。


FI1637147_0E.jpg

奇麗な月をみると、手を合せてみたくなるのは、そこに物語があるからかもしれません。


    「もろともに あわれとおぼせみ仏よ きみよりほかに しる人もなし」
                            
                                         明恵上人



癒されること。

ある小学校で、子供たち同士でマッサージ(肩もみ)をするという時間を設けたそうだ。

「マッサージをされて気持ちがよくなった人は?」
という質問に、大半の子供が手を上げたのは当然。
面白いことに。
「マッサージをしていて気持ちのよくなった人は?」
の質問にも多くの子供たちが手を上げたそうだ。

心地よさを与える手から、相手のやすらぎが伝わり、それが素直に心に入ったのかもしれない。


てんてんが逝ってしまっても、私が恐れていた孤独感は来なかった。
変に思われるだろうが、私はてんてんの完全な不在を感じていない。

それでも、どうしようもなく辛いのは、てんてんに触れられないこと。
ふわふわの、鼓動する、暖かな、重みを、抱きしめる。
柔らかな頬に鼻をすりよせてキスをする。
赤いきれいな目が細められるまで、小さな頭を撫で続ける。
夢にみるくらい、私はこれらに飢えてる。
たぶん、この辛さは他のうさぎと暮らせば、簡単に解消するものだと思う。
それは状況的に、何の問題もない、簡単な事なのに、私にはできない。
それで満足を得てしまったら。
感覚の餓えを満たしてしまったら。
私は、その時、もっと大切なものを失う気がして。


与えることで、満たされるもの。
やさしく触れ合うことで、つたわるあたたかさ。
哀しみで、癒されていくもの。
それに、癒されない傷が、あたえてくれるものを抱えていけたらいい思う。

花咲く美人

よく利用するスーパーマーケットのレジにすごい美人がいる。

たぶんトシは五十台後半から、六十。
背は小さく、テキパキ機敏に動くけど、体型はずんぐり太め。
目と目の間が離れて見える扁平な骨格の、横卵型の輪郭には、小さめの目、低めの鼻、大きめの口がパラリと散らされている。
そう、一言でいうと、お多福さんにそっくり。
でも、色白の顔に、きれいな色の口紅つけてニッコニコとしている彼女は、生き生きとして、とってもきれいで可愛い。

少女マンガをみると、主人公の感情を表現したり、華やかさを出す為に、背景に花が散ってたり、放射線が引かれていたり、禍々しい網縄がうずまいているけど。
あれは、リアルに人を捉えたものだと思う。
実際、本当に人は、その人の気で、感情のオーラで、花を出したり、怨魂を漂わせたりしてる。

スーパーのレジで、ちょっと甲高い声での「いらっしゃいませ♪」の挨拶を受けると嬉しくなる。。
彼女が微笑むと、その周囲にピンクの花がパァッと飛ぶのが見える。
彼女と接した後は、なんだかホンワカ心が浮かれる。
いいな。いいな。本当に美人だよな。

………もしかして、これって恋?

プロフィール

ふくふく

Author:ふくふく
3時のおやつよりうさぎが好き
のWEBデザイナーです。

ホーム「ふくふくアジール」

カレンダー

03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

カウンター