夕映えの道

「夕映えの道」ドリス・レッシング著を読み終えた。

ごくたまに、読了後。
「まったく、今、この時、この本に出会えた事は、本当にラッキーだった。」とその本との巡り合わせに感謝し。
そしてその偶然に意味を感じてしまうことがあるのだけど、これはそんな一冊。

詳しい内容と感想はまたの機会にするとして。
今回はこの本のタイトルから考えた話。

「夕映えの道」実はこれ、この本の原題ではなく。
この本が「ルトレ通り」という題名で映画化された為、邦訳に選ばれた題名だそう。
原題は「よき隣人の日記」
でもこれは、キリスト教の生活感覚がない我々には、どこか、ピンとこないだろうし。
この物語の内容の核である、老女の死への道程。
そして、その老女との出会いによって、紅く暮れなずむ空のように、人間性に深く温かな色みが加えられていくヒロインを描いたこの本には「夕映えの道」というタイトルの方がぴったり。


そういえば、中国では、人の一生を四季に例え「青春、朱夏、白秋、玄冬」と言う。
それにならい、そしてこの本の内容に絡め「夕映えの道」を人生の時系としてなぞってみると。

人生の盛りを過ぎ、死へ向かうまでを「夕映えの道」とするなら。
産まれ落ちるのは、一筋の光が闇を引き上げさせていく「夜明け」だろうか?
張りつめて透明な午前の日差しは、若さ。
まぶしく、威圧感さえ感じる正午からは、生の絶頂期。
美しく温かな色に染まりながらも、力は無くし、徐々に視界を狭められていく、夕の日、は壮年。
……そして、夜の闇。死。
次の朝までの癒しのとき。

ここまで連想して、一日の時系に人生をあてはめてみる表現が、私にはとても素敵に思えてきた。
夜の闇は穏やかな眠りの為だから……。
そして、夜の後には、日常の当然として朝がくるから。

実はこの本の最後には、人生の不条理さや、人の死に起きる、憤りに近い、やりきれなさが残してある。
でも、本を閉じてタイトルを読み。
本を胸に押しあててみると。
すべて、いいのかな……と思えたり。

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