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鈴木秀子さんの講演会(その2) 幸せになるキーワード

鈴木秀子さんの講演の前には、主催の足利工業大学の牛山泉学長の挨拶がありました。

IMG_0192_20110605090008.jpg


そして、その、第一声は「私の夢は鈴木先生のかばん持ちになることです。」
(^ ^)


実は、この講演会の情報をみつけたとき「て、なんで?足利工業大学?で鈴木秀子さんの講演会?」と思ったのですが、ちょっと、その謎が解けた気が。


講演会中で触れられたのですが。牛山学長は数年前に奥様を亡くされました。
そして、その時のことを、鈴木秀子さんが本に書かれています。


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この七月、私が親しくさせていただいている
牛山泉先生(足利工業大学学長)が奥様をがんで亡くされました。
お二人とも熱心なクリスチャンで、奥様は小学校の校長先生を一年前に定年退職されたばかりでした。
牛山先生は奥様の病気のことを一番に私に伝えてくださいました。
「自分は妻なしには生きていけません」
と沈痛な面持ちで話されていた先生が、病室で奥様と語り合い密なる時間を過ごす中で、自分たちの意志を超える出来事は、どんなに喚いても、愚痴を言ってもどうすることもできない。
ただ現実を受け入れ、心の中で「神様は必ずよくしてくださる」という信頼を失わないことが何よりも大事だと気づかれるようになるのです。

奥様が亡くなった後、先生からいただいたメールには次のように書かれていました。


長い間お祈りいただきありがとう存じました。

7月8日朝、富士子は平安のうちに神の御許に帰りました。
7日の夕刻、病室に家族や兄弟が集まっていたのですが、酸素吸入をして苦しそうな呼吸の中から、突然目をはっきりと開いて、急にしっかりした姿勢になり、
 
 「長い幸せな人生で、出会ったすべての人々に感謝申し上げたいと思います」

と、はっきり話しましたので、みんなびっくりしてしまいました。私はすぐに書き取ったのですが、すばらしい辞世の言葉でした。

その後に続いて、「神様にとっては、大きなことも小さなことも、どちらも正しいことなのです。一人ひとりの心にあることなのです。ありがとうございます。何も最後まで言わないでおりますが、お願いします」と言いました。(中略)

私にとって早すぎる富士子の召天については「神様、なぜ今なのですか?」とお聞きしたい気持ちですが、後になって、あの時が「すべてのときにかなって美しいとき」だったのだと思える日が来ることを信じております。

富士子は「常に喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝せよ」

という聖書の言葉を食卓の脇にかけておりました。病を得ても感謝し、絶えず人のために尽くしてきた富士子の生き方は、苦難をも喜びに変え、人のために祈り、すべてのことを感謝にかえていける成熟した人間の条件にかなっていたように思います。

奥様が病床で作られた歌を
最後にご紹介したいと思います。

ありがとう 何べん言っても言い足りぬ 病は感謝の泉なりけり。


■「幸せになるキーワード」鈴木秀子著(致知出版社)より

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人と人が、こんな風に結ばれて、美しい時間を作り上げていけること。

人に備わる善性や叡智、愛と呼ばれるもの。
それが存在すること。その確かな出来事。

それに触れられた時、日常生活で、疲弊しきり、こわばった心が、やさしく潤びていき、私の芯を支える「深い憧れのようなもの」を思いだします。




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