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忌明け

今日はてんてんの四十九日。

亡くなったものは、四十九日後に他の世界に往って生まれ変わるという言い伝えがあり。
そして、この間に遺族が供養を重ねる(善業)ことによって、彼らを、よりよい生まれ変りにおくことができるのだという。
私は無宗教であるけれども、この供養のシステムを部分的に利用をさせていただいている。

てんてんの状態が死に向かう不可逆なものと覚った時。
その最後をきちんと看取るために、しっかりしなければ。という気持ちが私を張り詰めさせていた。
亡くなってからは、埋葬の為に泣き崩れてしまう事はできない。と。

倒れないように、息を続けるために、必要な意味。

ある画家はこういう言葉を残して死んだ。
「葬式無用、弔問供物固辞すること。生者は死者のために煩わされるべからず」
私はこうした感覚が好きだし、私が死んだ時は、この形で逝かせてもらいたいと願っていた。
でも、今では、供養や葬儀は、時には死者の為ではないもの、それを奪うことはどうかと、思い迷う。

死者を悼み、祈る気持ち、それは残された者の悲しみの浄化儀式だ。
供養という義務は、生きていかねばならぬ者の、日々を支える意味の杖になる。

生者は死者に煩わされたい。

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のWEBデザイナーです。

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