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アポトーシスの手触り

生物学の分野で、受動的な細胞の死「ネクローシス・壊死」というのに対象させて「アポトーシス・細胞の自死」という概念がある。

たとえば、人間の手の発生は、丸いミットのような形をした組織の中に指骨が形成されて、その指骨の間の細胞が死んでいき、五本の指が形成されていくのだそうだ。
まるで、彫刻家が、石から形を削り出していくように。

アポトーシスは、その指骨の間の、そぎ落とされる細胞であり、その為に死をプログラムされた細胞だ。
生物の発生には、こうしてはじめから死を定められて生まれてきた、死のために存在する細胞が不可欠だそうだ。
そして、もし、この死のプログラムが予定通りにいかなければ、人は指を持って生まれてくることができなくなってしまう。
おたまじゃくしがカエルになる時も、ヒヨコがにわとりになる時も、このアポトーシスという、細胞の自死が働く。

この現象について、本(「多田富雄・生命の意味論」)で読んだとき、私は、自分の身体に細胞の宇宙が廻っているような、そして、その宇宙の摂理が存在するような、とてもいいようのない不思議な感覚を持った。


不思議な感覚といえば、私は、てんてんの死を、そのだいぶ以前に(てんてんに何の変調もない時に)予感していた。
クリスマスの飾りが出始めてはいるけど、まだとても暖かで、上着の必要のない次期。
ショップに飾られた、真っ白なデコレーションをされた大きなツリーに見とれ。
その下に売られていた、本物の羽毛で作られた、白い天使の羽の飾りを手にとったとき。
「てんてんは、今年のクリスマスまでに死ぬかもしれない。」あってはいけない、だから考えたこともない、「てんてんの死」がフワリと頭に浮かんだ。

私はオカルト信奉者ではないし、運命論者でもない。
むしろ、あきらめという、安らぎを手にいれる為に、安直に運命を振り回す人々は嫌いなほうだ。

それでも、今までの、あるがまま、感じたままを、ただ受け入れてみると、思う。

私は、あの日に別れが来るのを知っていたし。

たぶん、てんてんも知っていた。

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