ハンニバル(本・感想)


ハンニバル

話を読み進むにつれ、奇妙な違和感を感じ始めた。
これがトマス・ハリスの作品なんだろうか?
磨き抜かれた職人技のように、削ぎ落とされた的確さを持つ表現力と、バロック音楽のように幾何学的で滑らかなリズムを持った構成。
作品のあちこちに散らばる、人間の卑俗さや虚栄に対する嫌悪、は確かにハリスの観点と筆致なのだが。

「レッド・ドラゴン」「羊達の沈黙」と、トマス・ハリスは犯人像をプロファイリングし、そこから事件を解決していく有能なFBI捜査官を書いてきた。
「ハンニバル」はその続編となる。

プロファイリングは、情報の断片という、さまざまな光源を頼りに、人の内面の深い闇を探りながら、その中でじっと目を凝らし、一人の人間の輪郭をスケッチしていく作業だ。
人間の内面の闇を探る捜査官の描写は、読むものに未知で危険な異所に踏み込んでいく時の緊張感やスリルを味あわせ。
探る者と、探られる者が、闇の中で一瞬触れ合った時、シンパシーにも届きそうになる人間心理のあやうさは複雑な戸惑いになる。

やがて闇の中からくっきりと浮かび出してくる、リアルな表情を持つ人間像は、まるでレンブラントの肖像画のように見事だ。
そしてその人間像から読めるのが、ひとつの刹那を含む犯罪の行方となる。

こういった、人間をただの一面で見ずに描こうとする、知に含まれる聡明さ、やさしさ。
また、相対化しようのない、複雑な人間の感触を感じさせるものが、前作までのハリスの小説にはあった。
しかしこの作品にはそれがない。
私の感じた違和感の原因は、この作品の登場人物が、皆一様のしらじらとした一面の光だけで照らされているように見えるからだろう。

そして、何より私を落胆させたのは、この小説の帰結だ。
全ての醜いものは退治され、心理的障壁をも乗り越え、クラリスはレクター教授と結ばれる。
しかし、この結び付きは男性側の自我の拡大化と、過去の思い出の修復でしかなく。
彼と対立してきたクラリスの自我は、相手の自我の根幹に何の影も変化も落とさない。
なぜなら、悲痛な使命感と正義感で自己を全うしようとする、羊達の沈黙の声に共振するクラリスの凛とした自我が殺され。
ただ美しく、賢く、やさしい、自分の恋人だけを甘く包みこむ、単なる相手の為の女となってしまったのだから。

このラストは、この小説の中に出てくる、どんな残虐な描写よりも私に吐き気を催させた。
 

 

hannibal.jpg

コメント

非公開コメント

プロフィール

ふくふく

Author:ふくふく
3時のおやつよりうさぎが好き
のWEBデザイナーです。

ホーム「ふくふくアジール」

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

最新トラックバック

検索フォーム

カウンター