ガタカ(映画・感想)

人は何かに成ることに憧れていて、何かに成ることを回りからも要求される。
自分の望むものになる自由、その希望に向かって努力できること、これは本当にすてきだ。
しかし実際は自分がこれに成りたいと思ってみたところで、環境や条件、才能、また社会的差別などに阻まれることの方が多い。
この映画ガタカでは、何かに成りたいと本人が願う自由、努力できる希望を、社会が(DNA差別)が機能的に剥奪していく。

舞台は近未来、住民は完全にDNA管理をされている社会。
そこでは優秀な遺伝子の組み合わせによる受胎が一般的となり、子供は生まれ落ちた瞬間に遺伝子を調べられ、劣性とされる遺伝子を持った子供は不適正者と登録されていく。

この映画の主人公ビンセントは劣性遺伝子を持った不適性者だ。

ビンセントの父親は、宇宙飛行士になりたいと努力をする彼に言う。
「そんなことをいくらやっても可能性はない、お前は不適正者なのだから」と。
DNAに欠陥がある不適正者だから。
生まれた時に計られ、登録されたDNAが優秀でないからだめだ。
いくら努力をしたところで、不適生者に務まる訳はない。
DNAに欠陥のある人間は、社会の下層階級者になるのだ。

これが彼に与えられた社会の環境であり、壊しようもないような壁だ。
彼が彼自身であることに、社会は否定的なのだ。

しかしこの壁の存在を当然のものと納得し、それに従うことは、変えようのない自分自身であることを(DNAが違えば別人だ)劣性だと見ることだ。
また、それは自らがその差別社会の構造再生産に加担していくことにもなる。

彼は社会に、その壁に反抗していく。
「僕に何ができるか決めつけるな、やってもいないうちにできないと言うな。」
DNAを根拠とした社会の彼への決めつけ。
その差別は間違っている、と。

彼は事故で障害者となった他人、(DNA優秀者)と取引し、彼に成りすますことで、エリート中のエリートである宇宙飛行士の職を得、働き始める。
そしてそのエリート達の中も抜きんでた実力を示し、出世をしていく。
厳しいDNA管理の中、DNAを偽るという髪の毛一本落とせない、異常に神経を使う作業をしながら。
彼が回りを欺くため、寒々しい海辺で身体を洗うシーンは痛々しく切ない。

最後のシーン、宇宙に出る直前にビンセントは言う。
「忘れないでくれ、ぼくは任務(社会ができないと決めつけたことを)を完ぺきにやりとげた」
そう、ビンセントは自分が自分であることを請け負いながら、社会の差別の裏付けをひっくり返した。
彼が彼自身であることを、彼は社会(DNA差別)になどに否定させはしなかったのだ。

そして、自分を受け入れない地球を嫌っていた彼が宇宙に出た瞬間、地球の自分の居場所を感じるラストは哀しくて、嬉しかった。

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