ブエノスアイレス(映画・感想)

 「ウォンの手が早く直らないように願った。幸せだったから」
身勝手でわがまま、高熱を出した人間に食事を作らせるような男、ウォン(レスリー・チャン)の世話をすることが、失いたくない幸せ。
そんな恋をしている主人公の男性ファイ(トニー・レオン)が彼、ウォンを失う。

ファイが感じることができるのは、まだ消えない彼への想いと、彼との思い出だけ。
それは2度と手には入らず、思いだす度に心を痛め付ける。
何故、失ってしまったんだろう、何故ここにいるはずの彼がいない?
世界を奪われ、どこにも自分の居場所を見つけられない孤独。

この映画の無言で海を眺めるファイのシーンは、こんな失恋の喪失感を観る者の心に見事に伝える。
ピアソラの曲が流れる数ショット。私はファイの痛みに共振し涙が出そうにもなる。

この映画の撮影中、失恋して泥酔したスタッフが、監督のオフィスを訪ねて来たという。
その時、監督は「I have been you」の曲を4時間に渡り何度も掛け直し流し続けたが、そのうちの2時間、そのスタッフはトイレに閉じこもっていたそうだ。
その2時間、彼がすすり泣いていたのか、寝ていたのか、監督は未だに知らないとか。
そんな痛みに触れない距離を知っている人のやさしさが、この映画は流れている。

この映画は男と男の恋愛映画ではなく、普遍的な愛と喪失の物語。
男と女、男と男、女と女、誰かとあなたの、それに私の物語なのだろう。
愛する者を失った全ての人に宛てられたオマージュ。

また、映画の後半に出てくるチャン・チェン(彼の役は素晴らしい)が、その明るさで主人公ファイの居場所のない孤独に道筋をつけるポジティブなラストもとても素敵だ。


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